FFD FomFom.Diary

日々感じたことや、過去について書く日記です。本家ブログは、FFL FomFom.Liberty (https://fomfomblog.com/)

私の青春、中学生時代

いじめに耐え続け、ようやく小学校を卒業した私。

中学校は地元の学校へ通いました。

クラスは4つぐらい。

生徒は私が通った小学校と、別の小学校で構成されていました。

 

入学式の時、私は

「また、6年生の頃みたいにいじめられたらどうしよう・・・。」

と、恐怖心がありました。

いじめの主犯格グループと別のグループも、同じ中学校だったからです。

いじめられた頃の悪夢が蘇ります。

 

怖がりながら、席に座って入学式を過ごしていました。

すると、後ろの子から声をかけられました。

 

「お前、どこの学校?オレ、あの学校だったんだ!」

 

気さくに話しかけられ、おどおどしながら応える私。

会話をしていくうちに、好きな音楽の話になりました。

ポルノグラフィティ」が好きだということ。

ちょうど私も、姉が「ポルノグラフィティ」を聴いていたので、一緒になって聴いていました。

たまたま好きなことが同じで、意気投合する2人。

ゲームも「ロックマンX」や「FF6」が好きということで、趣味が同じでした。

 

「こんなに楽しく人と話したのって、いつ以来だろう・・・。」

 

久々の感覚に、胸が踊ります。

 

すっかり、その友人Bとは仲良くなりました。

 

入学式が終わり、クラス分けなどの説明がされ、新しい教室に割り当てられた私。

さっきの友人Bとは同じクラスでした。

休み時間を過ごしていました。

 

すると、さっきの友人Bがやってきて、

 

「お、ふぉむ!オレの友達を紹介するよ!」

 

手を引っ張られ、なすがまま友人Bの友達2人の元に連れて行かれました。

 

「紹介するよ!オレの友達MとWだよ!」

 

私はきごちなく挨拶をしました。

 

この光景は、今でもハッキリと覚えています。

 

なぜかといいますと、

このキッカケが友達W、いや、親友Wともいうべき人物との出会いだったからです。

まさか現在、社会人になっても交流が続く友になるとは思わなかったです。

もう、かれこれ10年以上の付き合いです。

親友Wは、このことを覚えているだろうか・・・。

 

中学時代は、私の青春ともいえる時代でした。

 

毎日毎日、仲良くなった友達とふざけあったり、くだらないバカ話にうつつ抜かしたりしていました。

今考えればくだらないと思いますが、一見してムダと言える日々が、実は大切な日常でした。

 

部活は卓球部に入っていました。

練習はほとんど熱が入らず、顧問の教師がいなくなった瞬間を見計らって、サボったりしていました。

サボって、仲間と永遠に雑談をしている時が楽しかったです。

 

成績は相変わらず良いとは言えず、中の下といったところ。

中学生になっても、バリバリのゲーマーでした。

やっていたゲームは「FF10」や「キングダムハーツ」、「ロックマンXシリーズ」

など、たくさんのゲームをやっていました。

 

さらにゲームだけではなく、インターネットにも熱中していました。

くだらないことを検索したり、FLASH作品を楽しんだりしていました。

 

Youtubeは中学3年生の終わり頃、2006年からだった覚えがあります。

当時、FLASHや動画プレイヤーが主流だった頃には衝撃的でした。

 

「こりゃあ、FLASHの時代は終わるな。」

と、薄々感じていました。

実際、その数年経たないうちにFLASHは衰退しました。

 

こうして、日々をくだらなくも楽しく過ごしました。

高校受験は頭の悪い私でも、中の下ぐらいの高校になんとか合格。

 

卒業の時は、本当に名残惜しい気持ちでいっぱいでした。

いじめられていた小学生時代とは打って変わって、

 

青春に彩られた中学生時代でした。

 

親友Wとは別々の高校でしたが、また会う約束をしました。

 

友人Bと再び会う日は、4年先の成人式まで待つことになります。

現在はもう、成人式以来会っていません。

話によると、警察官をやっているそうな。

元気に過ごしているだろうか・・・。

 

こうして、楽しかった中学生時代は大団円を迎えました。

 

「高校生活も、この調子で青春するぞ!」

と、思っていた私でした。

 

しかし、

 

私の学生としての青春は、ここで終わりを迎えました。

 

いじめこそないものの、同級生からは腫れ物扱いされ、疎外される日々。

 

空虚でむなしい、学生生活が始まったのでした。

タイピングがいじめを終わらせる-小学校6年生時代

いじめに耐え続け、半年が経ちました。

いつのまにか、秋を迎えていました。

 

いつものように罵倒され続け、周りから疎外される光景。

授業で、パソコンというのがありました。

内容はよく覚えていませんが、パソコンの基本的な操作などを学習する授業だったような気がします。

パソコンの授業で、インターネットを使ってみようということで、検索エンジンでキーワード検索をすることになりました。

 

「さて、検索するか。」

 

いつものように何気なくキーボードをタイピングしていたら、

 

「えっ、何!?今の!?」

 

女子グループから驚きの声が。

 

「は?」

 

と、理由が分からず戸惑う私。

 

どうやら周りの子と比べて、私だけ異常にタイピング速度が速いことに驚いたようです。

実は当時の私は、ゲーム以外にもインターネットに夢中になっていたのでした。

2002年当時なので、やっと家庭にネットが普及していた時期でしょうか。

 

実は、

 

ピアノを4才ぐらいの頃から習っていたので、鍵盤打ちのテクも合わさって、超スピードを生んだのでした。

 

「きゃー!FomFom凄い!もう一回やって!」

 

予想もしなかった反応に私はウキウキし始め、ご希望通りのタイピングを繰り出しました。

 

この状況を気にくわなかったいじめの主犯格グループが、

「てめえ、いい加減にしろよ!」

みたいなことを言おうとしました。

 

すると、女子グループが、

「FomFomにもすごいところがあるんだから、変なこと言わないでよ!」

と、かばってくれました。

 

主犯格グループは悔しそうに舌打ちをして、後ずさりしました。

 

それからというものの、女子グループが私を見る目が変りました。

まさかの展開でした。

いじめグループは、次第に私をいじめることに飽きた様子で、離れていきました。

主犯格グループがいじめていた別のグループからのいじめは少しありました。

でも、たいしたことはなかったです。

 

こうして、小学校の卒業式を無事に迎え、晴れて青春の中学生時代を迎えることになりました。

 

タイピングという何気ないことが、私を救ってくれました。

 

人生、何が起こるか分からないです。

いじめを経験した小学6年生時代

「このまま、何もない穏やかな毎日が続くんだろうな~」

と、のんきしていた私。

 

時は流れ、小学6年生になりました。

 

そして、

 

私の穏やかな日々は終わりを迎えました。

 

いじめのターゲットにされたからです。

 

理由はよく分かりません。

察するに、見た目が気持ち悪いから、単純に気に入らないから、家庭や他の都合での憂さ晴らしをしたいから。

など色々あると思います。

当時の私は、

「なんで自分がこんな目に遇わなくちゃいけないんだ?」

とずっと思っていました。

あまりにも突然のことでしたから。

 

学校の教室に入るのと同時に、キモイだの死ねだの罵倒され続け、教科書や道具は隠され、教室は荒れ放題。

担任の教師もお手上げ状態で、いじめられている私を放置。

グループは、

主犯格グループ、女子グループ、主犯格にいじめられている別の子たち

という3強に囲まれていました。

 

見かねた私を助けてくれる子が一人いて、その子には助けられました。

でもなぜか、学校以外で会ったり、遊んだりすることはありませんでした。

 

心はどこか、ひとりぼっちでした。

 

両親を心配させまいと、いじめられていることは隠し通していました。

誰も居ないところで、ひとりで泣いていたこともありました。

 

当時、夕方にアニメを見ているのが習慣でした。

アニメを見ていたら、

主人公とその仲間たち、信じ合える親友が必ずと言っていいほど出てきます。

 

自分を振り返ってみると、

 

誰もいない。

 

「どうして、どうしてだよ。」

「どうして、俺だけ嫌われ続ける。」

「どうして、俺だけがいじめられなくちゃいけない。」

「どうして、俺だけが仲間はずれにされるんだ。」

「どうして、どうして、教えてよ!」

「俺は、誰からも愛されないのか?」

「俺は、価値がないのか!?」

 

終わらない、負のループ。

終わりの見えない螺旋階段を上り続けるかのように、永遠と続く。

 

自分は、この世に必要ない人間なのか?

自問自答を繰り返すたび、心に暗さを持つようになりました。

 

今思えば、ある種の心の暗さを持つようになった始まりでもあるといえます。

現在は、ここまで酷くはありません。

 

でも、

 

ちょっとした暗い心が、ふとして表れることがあります。

 

辛い状況ではありましたが、風邪以外の時は、必ず登校するようにしました。

 

もし、ここで不登校になってしまったら、学校を卒業できなくなる。

絶対に卒業はしたい。

学校に行かなくなったら、それこそ奴ら(いじめグループ)の思うつぼだ。

あいつらには屈しない。

小さな体と、暗い心を持ちながらも1日1日を必死で耐えていました。

この頃の日々は、1日がとても長く感じ、いじめられる日々が永遠に続くんじゃないかと錯覚するほどでした。

1分1秒が果てしなく、永遠に続くかのような、学校という牢獄に閉じ込められていました。

 

耐え続けること半年。

 

突然、

 

いじめが終わりを迎える転機が巡ってきたのでした。 

 

ゲーマーな幼少期

私の人間性を説明するにあたって、まずは昔にさかのぼるしかないなと感じます。

というわけで、小さい頃の私についてお話しします。

 

私は、神奈川県のとある都市で生れました。

両親と3つ上の姉、祖母(小学4年生まで。以降は叔父と千葉へ。)と一緒住んでいました。

休日には家族で水族館や動物園へ行ったり、父が仕事を早く切り上げて、公園で遊んだりしました。

家では、姉とくだらないことをして遊んでいた記憶があります。

 

幼稚園では、よく他の子と一緒に遊んだりしていました。

ですが、幼稚園以外では遊ぶことはしませんでした。

 

それは、

私が根っからのゲーマーだったからです。

 

姉の影響で、我が家にSFC(スーパーファミコン)がやってきた時に一緒になってハマってしまったのです。

 

初めて夢中になって遊んだゲームがスーパーマリオワールドでした。

 

始めのワールドで、敵に当たってやられる度にカンシャクをおこしていました。

クリアできない時には、コントローラーをぶん投げるという過激さ。

イライラしながらも、他の何よりも夢中になって遊んでいました。

他の子と遊ぶよりも、ゲームの方が楽しいと覚えてしまったので、人との関わりは少なかったです。

 

そうして幼稚園を卒園し、小学校へ入学しました。

幼稚園の時と同じように、ほどほどに他の子と付き合いながらも、ゲームに熱中する毎日でした。

1日中ゲームをやっていることもありました。

SFCゲームボーイの二刀流を巧みに操っていました。

見かねた両親も、

「もう、切りの良いところで終わりにしろ!」

たびたび怒られたりしました。

ゲームばっかりやっていたので、学校の成績もあまり良いほうではありませんでした。

同じゲーマーだった姉は、切り替えが上手く、そつなくこなす性格だったので、

成績はトップレベル。

 

「どうして姉はそんなに上手く出来るのかな~」

と、どうでも良さそうに思うことがありました。

 

幸いなことに両親は、できの悪い私と、頭の良い姉を比べることなく、分け隔て無く育ててくれました。

おかげで、姉のことを嫌いにならずに済みました。 

 

同年代の子たちともあまり遊ばず、ゲームに熱中する毎日。

でも、人間関係の摩擦はそれほどなく、比較的穏やかな小学生生活を送っていました。

 

今思えば、対人関係が多少苦手に感じてしまうのも、一人でゲームをしていることが多かったからかもしれません。

ひとりで行動するのが多いことも、もしかしたらゲームが関係していた可能性もあります。

 

「これから、なにもなく同じ日が続いていくんだな~。」

と、のんきしてました。

 

そして、小学6年生になった私。

私の心に、暗さを差すようになった時期に入ったのです。

 

穏やかな平和を願う、私の気持ちは無為に終わりました。

 

はじめに

初めまして、ふぉむといいます。

 

以前、WordPressへの移行完了に伴って、はてなブログは閉鎖しました。

 

WordPressで行っている本家のブログは、

「FFL FomFom.Liberty」です。

fomfomblog.com

 

雑記ブログという立ち位置です。

 

FFLのブログや、ライティングに関する修行をするなかで、

「前に使ってた、はてなブログを使って、日記でも書こうかな」

 

ということで、

 

「FFD FomFom.Diary」

を始めました。

内容は、名の通り日記です。

ホームページを集客するSEOアフィリエイト、ブログノウハウなどは一切無視して書くつもりです。

 

収益性は考えません。

 

自分の毎日の出来事や過去を振り返ったり、思ったことをありのまま書きます。

私の人間性が濃く出る記事になります。

 

等身大の自分が、何を思って人生を送ってきたのか。

今は何を思って生活しているのかを伝えられたらいいかなと思っています。

 

ふぉむのことをもっと知りたいという方がいましたら、どうぞご覧下さい。